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渡邊雄太は家族全員バスケエリート!母親が元日本代表で父親も高身長!兄弟は?

NBAのトロントラプターズで活躍する渡邊雄太選手。バスケ日本代表のメンバーとして東京オリンピックで活躍するのを見るのが楽しみですよね!

家族や両親の生い立ちを探ると、父親は実業団で9年間もバスケットボール選手として活躍し、母親もバスケの元日本代表として世界選手権にまで出場というとんでもないご両親の元に生まれています。

「渡邊雄太は両親共にバスケ選手でそもそもDNAが凄すぎ」

これは事実ですが、NBA本契約をつかみ取るまでは決して平坦な道のりではなく、普段はとても仲の良い両親との関係がギクシャクしてしまう事もあったようです。

一体何があったのでしょうか?渡邊雄太選手が両親や兄弟といかに協力してNBAチームとの本契約まで辿り着くことが出来たのか、家族についてまとめさせて頂きました。

渡邊雄太は家族全員バスケエリート!

渡邊雄太の家族構成

渡邊雄太選手は2人兄弟の長男になります。

ご両親は父の英幸さんが香川県出身で、母親の久美さんが和歌山県出身の4人家族です。

上の写真はまだ渡邊雄太選手が小さい頃のものなのでわからりずらいですが、大人になってからの写真を見てみると、ご両親も身長がメチャクチャ高い事が分かります。

この写真は2020年にご両親が渡邊雄太選手の試合を観にアメリカに行った際に撮影されたものですが、206cmの渡邊雄太選手と並んでもそれほど違和感を感じません。

渡邊雄太の家族構成 家族の身長

それもそのはず、渡邊雄太選手のご両親は共に元バスケットボール選手で、母親は元日本代表のキャプテンを務め、世界選手権にも出場している凄い選手でした。

父親渡邊英幸(わたなべ ひでゆき)元実業団バスケ選手
母親渡邊久美(わたなべ くみ)元日本代表キャプテン
渡邊夕貴(わたなべ ゆき)元WJBLバスケ選手
本人渡邊雄太(わたなべ ゆうた)NBAトロントラプターズ選手

“小学校のときは母親が僕のコーチでずっと教えてくれて、父親はその練習外で僕を1対1で鍛えてくれました。本当に感謝していますし、それがあるからこそ今の僕があるんだと思っています”

引用元:NBA.com

本当に感謝していますし、それがあるからこそ今の僕があるんだと思っています

この様に渡邊雄太選手は両親に対して度々感謝の言葉を口にしていています。

NBAの試合にご両親が揃って応援しに来ることもあり、とにかく愛されて育ったというのを感じます。

一体どんな家族なんでしょうか?

渡邊雄太の父親‖渡邊英幸(わたなべ ひでゆき)

渡邊雄太選手の父親の名前は渡邊英幸(わたなべ ひでゆき)さんで、香川県の出身です。

2018年に渡邊雄太選手がNBAデビューした際には、取材にも応じて喜びを語っています。

渡邊英幸のプロフィール

  • 名前:渡邊英幸(わたなべ ひでゆき)
  • 生年月日:1958年9月28日
  • 出身地:香川県
  • 身長:190cm
  • 勤務先:大成建設 高知営業所長

渡邊雄太選手の父親は香川県で生まれ育ち、香川でバスケットボールを始め、かつてバスケットボール日本リーグに所属していた実業団の『熊谷組ブルーインズ』の選手として東京で9年間スモールフォワードとして活躍しました。

『熊谷組ブルーインズ』は日本リーグで1990年と1992年の2回の優勝、さらに1992年には天皇杯も制するなど強豪として知られていましたが、1994年に解散しています。

英幸さんは、引退後は香川県に戻り、三木町に居を構えてから、地元中学の外部コーチ、三木町ミニバスチームの指導と、三木町でバスケを通じてスポーツの普及にも努めています。

現在の仕事は大成建設の高知営業所長をされていらっしゃる様です。

フリースローの精度の高さは父親との特訓の証!

渡邊雄太選手はフリースローの精度の高さに定評があり、NBAのデビュー戦で決めたのもフリースローでした。

父親と小学校2年生の頃から朝の5時半に起きて、近くの小学校で毎朝6時から7時までの1時間、朝練は中学校を卒業するまで続いたそうです。

 「派手じゃなく、地味に2本のフリースローを決めたのが雄太らしい。小さい時から勝負を分けるのはフリースローだと言ってきた」

引用元:スポニチ

時には1日最高で1000本のシュートを成功するまで4時間も続けたこともあったそうですが、そこには『こんなことでバスケを嫌いにはならないだろう』という父親の確信があったからだそうです。

渡邊雄太のフリースローの精度の高さは父親との特訓の成果!

また仕事がある中で、1対1の練習に付き合ってくれたり、10km走る時は父親も自転車に乗ってずっと追いかけてくれたそうで、そんな父親を渡邊雄太選手は感謝して尊敬しているようですね!

1日1000本シュートを決める練習もしましたけど、打っている僕よりもリバウンドを取ってバスを出してくれる父親のほうが大変だったと思います。そういったことを一切嫌がらずに、自分から進んでやってくれていました。本当に感謝していますし、それがあるからこそ今の僕があるんだと思っています。

引用元:NBA.com

父親と交わした『死ぬ気で勉強』の約束

高校3年生になった渡邊雄太選手は東京の大学を視察に行った際に、両親に「アメリカの大学に行きたい」と伝えました。

しかしながら、バスケの意欲だけで当時英語も全くしゃべれなかった雄太選手に対して父親は『勉強が今のままでは駄目だから、おまえはアメリカに行っても絶対無理だ』という話をしましたが、それに対して渡邊雄太選手は『お父さん、俺はもう死んだ気で勉強する!』と言って、必死で努力をしたそうです。

父親の英幸さんは『やっぱり勉強に付いていけない』と挫折して帰って来ても、家には入れないという約束をして雄太選手を送り出しました。

結果的に実力が認められ、奨学金で大学に入学した渡邊選手は、バスケと同じ熱量で勉強にも打ち込み、サマーリーグを経てNBAへの切符をつかみ取りました。

渡邊雄太の謙虚さは父親譲り!

渡邊雄太選手の父親の英幸さんは、過去のインタビューでメディアの方々に対して、時間のある時は必ずきちんと応対して欲しいと思っていると発言されていました。

メディアの方も、時間をかけて準備されてるのに、それを疲れてるからとか、負けて気分が乗らないからと言って、いい加減な対応だけは絶対にしてほしくないです

引用元:Yahoo!

父親の英幸さんは人に会ってナンボの営業の仕事なので、きちんとして対応してもらえるだけでうれしい気持ちになれるというのが理由だそうで、渡邊雄太選手が謙虚なのは父親譲りなのは間違いなさそうです。

渡邊雄太は両親との関係がギクシャクしたことも

しかしながら、過去にはその「謙虚さ」が原因で、渡邊雄太選手とギクシャクしてしまったこともあります。

“知り合いの◯◯さんに会ったんやけど、「雄太くんはNBA選手になれるんでしょ?」って聞いてきた。だから冗談めかして「ウチの息子はまだまだですよ」って言っといたよ”

引用元:The Players Tribune

NBAのドラフトは難しいと分かっていても、誰よりも努力をしていたので、ほんのひと言でも背中を押してほしかった…そんな時に両親から送られてきたこのメッセージに雄太選手は本当にショックを受けてしまったそうです。

幼い頃から渡邊雄太選手がバスケットボール選手になるためにいかなる努力も惜しまず練習に付き合ってくれた両親に悪気が一切ないとは分かっていましたが、マイナスよりもプラスの言葉を吸収する事で力にして一歩でもNBAに近づきたいと考えていた渡邊雄太選手は、あえて両親に対して自分の考えを伝えます。

 “いまNBAの選手になれるかなれないかの瀬戸際の時期に、マイナスの言葉を僕に伝えるのはやめてほしい。いちばん僕のことを理解してくれているのは父さんと母さんだし、バスケを始めたときから、僕がNBAでプレーするためにサポートしてきたのは2人なんだから、NBAでプレーするまで僕の背中を押し続けてほしい”

引用元:The Players Tribune

両親からはすぐに電話が掛かってきて「本当に申し訳ないことをした…」と言われ、渡邊雄太選手も本当に胸が痛くなったそうです。

そのような出来事を経て勝ち取ったNBA本契約は、まさに家族でつかみ取ったと言っても過言ではありませんね!

渡邊雄太の母親‖渡邊久美(わたなべ くみ)

渡邊雄太選手の母親の名前は渡邊久美(わたなべ くみ)さんで、和歌山の出身です。

東京オリンピックのトーチリレーにも参加しています。

渡邊雄太の母親・渡邊久美

渡邊久美のプロフィール

  • 名前:渡邊久美(わたなべ くみ)
  • 旧姓:久保田久美(くぼた くみ)
  • 生年月日:1961年10月30日
  • 身長:177cm

渡邊雄太選手の母親は学生時代からバスケットボール選手として有名で、枚方私立津田中から甲子園学院高校に進学し、インターハイで準優勝を納めています。

高校卒業後は、日本リーグに所属していた『シャンソン化粧品』に所属し、1985-1986シーズンには日本リーグMVPも獲得。

日本代表にも選ばれ、1983年には世界選手権に出場し、キャプテンも務めています。

かなり古い映像で画質が悪いですが、白いユニフォームの4番をつけている「久保田久美さん」が渡邊雄太選手の母親です。

引退後は渡邊英幸さんと結婚し、香川県にある三木スポーツ少年団で小学生バスケチームのコーチを務めています。

渡邊雄太がバスケを始めたキッカケは母親!

渡邊雄太選手がバスケットボールと出会ったのは、幼稚園児の頃でした。

全日本のキャプテンも務めたことのある母親の久美さんが、小学生のバスケットボールチームのコーチを依頼され、息子の雄太さんを連れて行っていると、小学生になったある時「ボクもやりたい」と言い出したそうです。

「週に3回の練習には、いつも雄太も一緒でした。まだ小さいから練習に参加できなかったけど、小学校に上がったとき、自分から『ボクもやりたい』と言い出して」(久美さん)

引用元:女性自身

母親がキッカケで幼い頃からバスケットボールを始める事が出来たことで、NBAへの近道になったのは間違いないですね!

渡邊雄太は母親の厳しさに耐えてNBA選手に!

渡邊雄太選手は母親がコーチを務める小学校のミニバスチームに入ったわけですが、そこでの母親の厳しさは容赦なかったようで、時には雄太少年を突き飛ばすこともありました。

「練習中、チームでダラけているときは『やりたくなかったら、帰れ!』って。よそのお子さんに手を出すことはできないから、雄太を突き飛ばしたりしていました。相変わらず泣き虫でしたが、涙ながらに『やります』と立ち上がっていましたね」(久美さん)

引用元:女性自身

しかしながら、厳しいだけではなく母親の久美さんは雄太選手にバスケットの楽しさや練習の大切さを教えました。

練習が全てで、練習しかうまくなる道はないことを若い頃から身体をもって覚えた渡邊雄太選手だからこそ、その後成長できたに違いありません。

渡邊雄太の母親はツイッターでも息子を応援!

渡邊雄太選手の母親はツイッターのアカウントを持っています。

渡邊雄太の母親はツイッターでも息子を応援!

ここ数年はほとんど投稿していない様ですが、内容は渡邊雄太選手に関する報道等ばかりで、アメリカにいる雄太選手を応援しているのが分かります。

渡邊雄太選手も2015年の誕生日には母親に向けて「誕生日おめでとう!」投稿しています。

渡邊雄太の姉‖渡邊夕貴(わたなべ ゆき)

渡邊雄太選手の姉の名前は渡邊夕貴(わたなべ ゆき)さんで、香川県の出身です。

渡邊雄太の姉‖渡邊夕貴(わたなべ ゆき)

渡邊夕貴のプロフィール

  • 名前:渡邊夕貴(わたなべ ゆき)
  • 愛称:ユキ
  • 生年月日:1993年1月8日
  • 血液型:A型
  • 身長:170cm 
  • 体重:65㎏(現役時)
  • ポジション:GF(ガードフォワード)

渡邊雄太選手は1994年10月生まれですので、1歳違いのお姉さんである渡邊夕貴さん。

小学校では母親がコーチを務める三木スポーツ少年団でミニバスを始め、飯山中学校に進学しています。

2006年に中学生時に出場した都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会で香川県チームの一員としてベスト8の成績を残しています。

高校は愛知県名古屋市にあるバスケの超競合である桜花学園高校に進学していますので、実家のある香川県亜から離れて恐らく寮生活をしていたのではないでしょうか?

高校時代はウィンターカップでベスト8の成績を残し、卒業後の2011年にアイシンAWに入社。

2011年11月6日にWJBLの公式戦にデビューし、2013-2014シーズンまでプレーし現役から退いています。

シュート練習を撮影してくれる姉

渡邊雄太選手はツイッターやインスタなどをやっていますが、お姉さんが登場する事は有りません。

しかしながら、2021年6月22日にアップしたシューティングの練習の動画はお姉さんが撮影してくれたようです。

ボールを拾ってパスしてくれているのは父親と母親の様ですが、こうやって家族ぐるみで渡邊雄太選手の練習をサポートしているんですね。

また実家に帰るたびに姉に怒られるという投稿も…

確かに206㎝が部屋の中で寝転がっていたら邪魔ですが、文章の雰囲気から仲の良い感じが伝わってきますね。

渡邊雄太のプロフィール

渡邊雄太のプロフィール

渡邊雄太のプロフィール

  • 名前:渡邊雄太(わたなべ ゆうた)
  • 生年月日:1994年10月13日
  • 出身地:香川県
  • 出身校:尽誠学園高校⇒ジョージ・ワシントン大学
  • 所属:トロントラプターズ
  • ポジション:SF/PF
  • 背番号:18番
  • 身長:206㎝
  • 体重:98kg
  • 血液型:A型
  • シュート:左

2018年にジョージ・ワシントン大学を卒業後、NBAのドラフト外だった渡邊雄太選手はブルックリン・ネッツの一員として、NBAのサマーリーグに参加し、メンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約(NBAトップチームと傘下のGリーグ両方に所属する契約)を締結。

日本人としては田臥雄太選手に続く2人目となるNBAチームと契約を結んだ選手です。

2020-2021年シーズンからはトロント・ラプターズで活動しています。